田辺寄席では、参加者に「田辺寄席ニュース『寄合酒』ー当日版」 をお配りしています。
  06年4月までは、桂文太師匠が出題する「寄合酒クイズ」と中川 桂氏(芸能史研究者・大阪大学非常勤講師)の演題の紹介が掲載されて いました。06年5月からは月3回公演に伴い紙面も変更され、三公演 の演題紹介と「楽語写」が掲載されています。このページには演題紹介を収録しました。
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第396回葉月席田辺寄席
06年8月19日〈土〉午後1時10分開演
〈雀三郎・仁智・春駒・文太
〔昭和46年入門組み〕35年目の大集合〉


一、道具屋     桂 雀太(雀三郎門下)
 夜店に古道具屋さんが店を出していた時代の一席。今は夜店でこういう店は見ないが、フリーマーケットに行けば古道具は多そうだ。

二、青菜     桂 文太(五代目文枝門下)
 夏場にはよく高座にかけられる、おなじみの噺。邸宅の上品な奥様なればこそ、亭主の前で三つ指ついて隠し言葉を使うのだが、それを四畳半一間の長屋で再現しようとするのが大胆不敵ですな。

三、猿後家      桂 春駒(春団治門下)
 江戸時代、大津の追分あたりで売られていた、走り書きの戯れ絵が大津絵で、藤娘はその画題のひとつ。歌舞伎舞踊の「藤娘」は、本来大津絵に描かれた娘が抜け出すという設定だったが、今日では藤の花の精として演じられる。

中入り

四、都ばなし      露の 都(都一門)
一九七四(昭和49)年、当時の露の五郎師匠に入門。上方では女性落語家として、キャリアを積み真打格になった第一号である。私生活のスケッチを中心としたマクラの面白さには定評があり、講演でも好評。

五、EBI    笑福亭 仁智(仁智一門)
 アメリカ合衆国の連邦捜査局(FBI)ではなく、「エビ」の話。地域による食文化の違いも含め、仁智師匠の観察眼や世相風刺がきいた一席。最後は大阪ならではの展開で、道頓堀の名物が登場する。


397回葉月席田辺寄席
06年8月19日〈土〉午後1時10分開演
〈雀三郎・仁智・春駒・文太
〔昭和46年入門組〕35年目の大集合〉


一、元犬    笑福亭 智之介(仁智門下)
 全身の毛が白い犬は人間の生まれ変わりだとする信仰があった。江戸時代には上方の噺本にも原話が見られるが、江戸の落語として定着したのは、信仰心の差によるのかもしれない。

二、野晒し    桂 文太(五代目文枝門下)
 戦のない江戸時代には、武士の鍛錬のために釣りを奨励した殿様もあった。加賀藩(今の石川県)では竹製のアユ竿が長くて重く、体力増強に最適だという理由で、アユ釣りが家来に勧められたという。

三、宿屋仇     桂 雀三郎(雀三郎一門)
 江戸時代の日本橋周辺には多くの宿屋が立ち並んでいたが、これは道頓堀に近い観光の利便性とともに、日本橋にも船着場があったためでもある。京都方面から船で来坂する旅客と、奈良方面からの旅客の両方で賑わった。

中入り

四、南華ばなし 旭堂 南華(三代目南陵門下)
素人時代から「講談道場」で手ほどきを受け、大学卒業後に入門、一九八五(昭和60)年に初舞台を踏む。夫は旭堂南左衛門さん、夫婦揃って上方講談を支える。若手世代では女流講談師も増えたが、上方では女流の筆頭格。

五、一人酒盛    桂 春駒(春団治門下)
 7月のビール類の出荷量が、一九九二年の調査開始以来過去最低を記録。長梅雨の影響で前年7月と比べ約5%減だったが、今月の猛暑で消費量も回復、冷酒の売り上げも伸びそうだ。


第398回葉月席田辺寄席
06年8月20日〈日〉午後1時10分開演
〈雀三郎・仁智・春駒・文太
〔昭和46年入門組〕35年目の大集合〉


一、七度狐     桂 雀五郎(雀三郎門下)
 狂言の大曲に『釣狐』がある。時間も長く、体力を要するので狂言師にとっては重要な演目だ。この狂言では狐が僧侶に化けて…。

二、近日息子   桂 文太(五代目文枝門下)
 「トンコレラ」は「豚コレラ」の意味で、豚の急性伝染病のひとつ。人間のコレラとは全く別物というが、古くは混同されていたものか。コレラは元来はオランダ語との説もあり、古くは急に死ぬところから「コロリ」とも言われていた。そんな死者が多かった頃が想像される。

三、老女A     笑福亭 仁智(仁智一門)
 かつてのガールハント、今でいうナンパの話だが、なんとも馬鹿馬鹿しく無条件に面白い、二十年以上聴き手を笑わせ続ける、仁智落語の代表作の一つ。

中入り

四、三扇ばなし    桂 三扇(三枝門下)
京都府福知山市出身。一九九二(平成4)年に三枝師匠に入門。主に師匠作の新作を中心に、古典も演じ、幅広い演目を手がける。子育てに関するマクラも得意。本日はどんな話題が。

五、帰り俥     桂 雀三郎(雀三郎一門)
 小佐田定雄氏作の、一九八三年に初演された一席。当初は別のタイトルだったが、結末が推測されてしまうので現在の題になった。「帰り俥」は「客を運んだ帰り道、カラで曳いていくよりはましなので安く行きます」という、車屋の客引きの文句としてよく使われたようだ。


紹介文執筆…中川 桂



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