田辺寄席では、参加者に「田辺寄席ニュース『寄合酒』ー当日版」 をお配りしています。
  06年4月までは、桂文太師匠が出題する「寄合酒クイズ」と中川 桂氏(芸能史研究者・大阪大学非常勤講師)の演題の紹介が掲載されて いました。06年5月からは月3回公演に伴い紙面も変更され、三公演 の演題紹介と「楽語写」が掲載されています。このページには演題紹介を収録しました。
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第411回
1月20日(土)〜昼席〜午後1時10分開演
(いちもん会〉


一、子ほめ      桂 まめだ(文福門下)
 月3回、年36回公演となる今年の幕開け。タダの酒は出ませんが、ぜんざいがつきます。

二、宮本無三四    旭堂 花鱗(南鱗門下)
 剣豪・宮本武蔵は16世紀から17世紀にかけて生きた人物。佐々木小次郎との巌流島の決闘は一六一二(慶長17)年、武蔵29歳の時という。その決闘の後は全く真剣勝負はせず、62歳で没した。それに続く二代目の話とは。

三、四一一号笑呆亭…『茶目八』から
     桂 文太(五代目文枝門下)
 「太鼓持ち」の語源も諸説あるが、太閤さん・豊臣秀吉のご機嫌を取り持ったところから「太閤持ち→太鼓持ち」となった、との説もある。決してよそでは言わんほうがよろしい。

中入り

四、ハル子とカズ子
  桂 かい枝(五代目文枝門下)
「大阪人が二人寄れば漫才になる」とは、かなり昔からの言葉だが、とくにおばちゃんが二人寄ったらなかなかのもの。ご高齢のおばちゃん(おばあちゃん)二人も、ほんまに元気。

五、紙屑屋    桂 枝光(五代目文枝門下)
 環境保護のためスーパーのレジ袋削減が唱えられる中、京都の某スーパーでは今月から、一枚5円の有料化に踏み切った。「5円ぐらいなら払う」との声もあるが、資源を大事にしてゴミを削減することも大切。この噺に見られるリサイクル文化は、現在でも重要だといえる。


第412回
1月20日(土)〜夜席〜午後6時10分開演
(新・じっくりたっぷりの会
―桂こごろうの段)

一、お公家女房  桂 佐ん吉(初代吉朝門下)
 今どきこんな言葉遣いの花嫁はさすがにないだろうが、国際結婚の増加する今日、違った形で言葉の通じにくい夫婦は結構ありそうだ。

二、へっつい盗人  桂 こごろう(南光門下)
 初代桂春団治が得意にし、工夫を加えて爆笑編にした一席。「カラカッチ」や「ドンガラガッチャ」などの擬音語は彼が工夫したとされる。

三、四一二号笑呆亭…『龍宮界龍都』から
        桂 文太(五代目文枝門下)
 今年は亥年。その年の干支にちなんだ落語を…といった機会には『池田の猪買い』や『鉄砲勇助』などがよく出る。一番困るのは未年で、次が辰年とか。辰年には題名からこの噺が演じられたりもするが、竜は全く出てこない。

中入り

四、番町皿屋敷〜お菊と播磨
       春野 恵子(百合子門下)
         ∧曲師・一風亭初月∨
関西の人間は姫路が舞台の「播州皿屋敷」のほうが馴染み深いが、全国的には江戸が舞台の「番町〜」のほうが有名なようだ。播州の青山鉄山が、こちらでは青山播磨の名に。

五、茶の湯    桂 こごろう(南光門下)
 茶道の三大流派といえば、表千家(不審庵)、裏千家(今日庵)、武者小路千家(官休庵)。このほかにも数十の流派があり、家元制によって維持されている。ご隠居さんも、ちゃんと家元に習っていれば間違いはなかったのだが…。


第413回
1月21日(日)〜昼席〜午後1時10分開演
(新・じっくりたっぷりの会―林家花丸の段)


一、立候補      桂 三幸(三枝門下)
 選挙の演説会…といっても、小学校の児童会選挙が舞台。現役政治家をモデルにした(パロディ化した)ような候補者も登場。

二、幇間腹     林家 花丸(染丸門下)
 鍼(はり)治療は中国を起源とし、朝鮮を通じて日本には六世紀中に伝わった。七〇一年・大宝令の中には鍼師や鍼博士の制度が設けられているので、その歴史はずいぶん古いものだ。

三、四一三号笑呆亭…『悋気の提灯』から
         桂 文太(五代目文枝門下)
 江戸落語『悋気の火の玉』では、あからさまに敵対心を燃やす本妻とお妾さんが登場するが、こちらは腹の中はともかく、表向きは相手を立てようとする二人が出てくるので後味は悪くない。江戸落語『権助提灯』の移入。

中入り

四、しびんの花活け  歌々志改め
三代目 桂 歌之助(二代目歌之助門下)
祝・襲名。二〇〇二年に亡くなった歌之助師唯一の弟子が今月、三代目を継いだ。『しびんの花活け』は先代も得意にしていた、実直な侍につけこむずる賢い道具屋の登場する噺。

五、幸助餅     林家 花丸(染丸門下)
 谷町は江戸時代には藤棚が名物で、浮世草子には「谷町の藤見も…見た事もなく」と出てくる。明治の末頃、谷町筋の相撲好きの外科医が相撲取りからは治療費を取らなかったことから、贔屓筋や後援者を指すようになった。


紹介文執筆…中川 桂



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