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田辺寄席、演題「怪説」  
   2011年5月
       演芸ライター・上田文世

●第568回 5月21日(土)昼席  《新・じっくりたっぷりの会―桂春蝶の段》

一、松山鏡       露の 紫(都門下)
 噺の源流はインドの民話。酒を容れた甕(かめ)に映った顔を巡って、金持ちの家が大騒動…。それが中国、朝鮮から日本に伝わり、落語にもなりました。どや! 落語を聞くとためになりますよ。

二、ご先祖様   桂 春蝶 (春團治門下)
 「ご先祖様は天皇家、南朝系で我こそは正系」と名乗った人がいました。敗戦後まもなく現れた「熊沢天皇」です。皆様、覚えていますか。晩年は落魄して78歳、ガンで寂しく「崩御」しました。

三、大名将棋  桂小春團治(小春團治一門)
 将棋は平安時代後期の11世紀半ばから指されるようになりました。興福寺境内から、その頃の駒が出土。藤原定家の日記『明月記』にも記述があり、どうやら貴族将棋≠ェ流行っていたらしい。

      仲入り

四、きゃいのう 桂 文太(五代目文枝門下)
 「田辺の寄席へ」「足をお運び」「ありがとう」「回を重ねて」「明日で570回」「年数にすれば」「三十六年」「心機一転」「ますます発展」「こんなうれしいこと」「ない」「きゃいのう」

五、紙入れ    桂 春蝶 (春團治門下)
 姦通罪は明治41年まで、この国の刑法にありました。その現場を見つけて殺害したとしても「其ノ罪ヲ宥恕(ゆうじょ)ス」という条文です。今この条文が復活したら、いったいどないなりますやろ。


●第569回 5月21日(土)夜席  《新・じっくりたっぷりの会―桂雀喜の段》

一、子ほめ      桂 鞠輔(米輔門下)
 小学校上級生ぐらいの子どもに年齢を聞いた。しばらく考えていたその子が「個人情報ですから教えられません」。ただの酒にありつこうとしても、これからは「個人情報」の壁に阻まれそうだ。
二、ポイントカード 桂 雀喜(雀三郎門下)
 ラジオ体操に行くとカードに判を押してくれたなどと、私たちは子どもの頃からカード好き。ガソリンスタンドに行くと「ポイント、ぽんぽんたまる、ポンタカード」もありました。
三、疝気の虫     桂 雀々(雀々一門)
 東京では古今亭志ん生の得意ネタでした。速記本やレコード、テープがたくさん残っています。でも映像は無い。本人はテレビで演じたがっていたのだが、艶笑的と忌避されたのかもしれません。

      仲入り

四、桑名船   桂 文太(五代目文枝門下)
 東海道五十三駅を語呂合わせで綴った新内節がある。桑名辺りは「三味線もチン知立、鳴海しぼりを宮のふね、あがる桑名の女郎衆が…」ってな調子で、京までの駅名を折り込んでいます。

五、軒づけ    桂 雀喜(雀三郎門下)
 この噺のサゲに「道理でネブカが好きよる」というのがあったそうです。その意味は、ネブカは竹と違い節がない。下手の浄瑠璃もネブカと同じで「節がない」ということだったそうです。

  
●第570回 5月22日(日)昼席  《新・じっくりたっぷりの会―林家染雀の段》

一、宿屋町      月亭天使(八天門下)
 東海道と中山道の合流点にある草津宿。本陣2軒と脇本陣2軒がありました。一般客を泊める旅籠(はたご)は72軒。夕方にはお客さんの争奪戦≠ェきっとあちこちであったことでしょう。

二、長短       林家染雀(染丸門下)
 染雀さんはインドネシアの語学学校に毎年のように通っています。この国のトイレには紙のない所が多く、桶から水をすくって手で洗うそうです。染雀さんも住民も、きっと気が長いんでしょうね。

三、口入屋   
        桂 文太(五代目文枝門下)
 青森は津軽の古老によると、夜ばいが一人前になるには、3年の修行がいるという。戸の開け方、畳の歩き方、はい方、逃げ方をマスターするまでには、根、勘、努力の3つも必須事項だそうです。

    仲入り

四、湯屋番      林家笑丸(染丸門下)
 府下の銭湯の数は、この40数年で半数以下の1100軒ちょっとになった。「銭湯守れ」の運動が若い世代を中心に増えているが、あこがれの湯屋番になりたくても「言うだけ」に終わりそうだ。

五、堀川       林家染雀(染丸門下)
 噺の最後に出る猿回し。鎌倉時代にすでに記録があるそうだ。馬の守護神が猿で、本来は馬の安全祈祷の芸として猿を舞わせた。それが次第に大道芸となり、江戸時代にはことに盛んだったという。




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