残そう!阿倍野青年センター
がんばれ!田辺寄席
木を見て森を見て
住吉区 川谷 清一
今回の提案はいかにも数字だけを見て机上の論理でものを言う役人の考えそうな浅知恵である。財政悪化・破綻の原因を見極め、まず大きな原因となったところや自らの行政判断の誤りから手を付けなければいけないのに、攻撃しやすいところや弱者を標的にする手口は大阪府知事と同じで姑息と言うしかない。芸術や文化を蔑(ないがし)ろにする政治や行政の下では青少年の明るい未来はなく、笑いや優しさを否定する施策で人は育たないし町の発展はない。田辺寄席を支えてきた落語家さんたちと世話人会のみなさんの30年以上に亘る軌跡は地域にしっかり根付き絆は深い。田辺寄席を育ててきた人々は市民だけでなく、府外からの来場者を含め全国にたくさんのファンがいる。逆に田辺寄席に育ててもらい感謝している人達は神戸の被災者のみなさんを始めとして日本中にいるのである。
最近はお笑いブームでテレビにお笑い芸人が出ない日はない。新人の多くは必死にネタを考え練習し、将来のスターを夢みて頑張っている若者達だと思うが、芸歴にあぐらをかき素人や後輩をいじるだけの中堅どころや安易なアクションでウケようとしている「芸なし芸ノー人」も一部いる。まさしくピンキリ、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)である。彼らは客を笑わせていると思っているだろうが、そうではない。笑われているだけだ。 田辺寄席に出演する落語家や講談師、浪曲師たちは実入りの大小に関わらず、みな一所懸命で本気でお客さんを笑わせてくれている。寄席に足を運ぶお客さんも、今日は笑わせてもらおうと楽しみに通ってこられる。私は田辺寄席の記録カメラマンを頼まれることもあり、ファインダーを通して長い間、寄席を見てきたが、演者は汗だくの熱演で、客は腹の底から笑っている光景を何度となく切り撮ってきた。私がカメラを向ける被写体は落語家だけではない。寄席を支える裏方さんや観客席の笑顔も同じだけ撮影してきた。「木を見て森を見ず」の喩えではないが、落語家だけを見ているのではなく、阿倍野青年センターに集まる人達すべてを見ているのである。センターで働く職員の方々も、田辺寄席と同じ日に活動をしているグループの人達も含めて、そこに集う全ての人々の中には、仏頂面やしかめっ面の人は一人もいない。まさに地域の中核を担うマンパワーがここにはある。
現場を見ないで赤字額や集客率、稼働率などの数字だけで存続や統廃合を提案した役所の担当者やその上司、最終の判断をする市長は一度、阿倍野青年センターに来て、田辺寄席を見ればいい。そして落語を聞くだけでなく、そこに来る市民・府民の生の声を聴くべきである。市役所という「門」の中で「耳」を小さくして「聞く」のではなく、大きな「耳」で「十四」の「心」を持って「聴く」が良い。自分たちが提案した「粗案」がいかに机上の空論であったかが判るだろう。
芸術や文化を理解しようとしない(できない)橋下知事とは違い、アナウンサー出身の平松市長なら、地域寄席という文化がどれだけ市民に愛され大切であるかが判るはずだ。まず田辺寄席という大きな木を見て、その活動場所である会館と付近の桃ヶ池公園という絶好の立地条件(森)を見て判断して頂きたい。判断を誤れば、笑われるのは市長ご自身ですよ。
大阪市経費削減素案にみる
庶民文化の破壊
東京都 角田四郎
(ノンフィクションライター)
大阪市が現在財政面で危機的状況をむかえていることは、大阪市民のみならず全国的にも周知の事実である。
同時に、夕張市の財政破綻を機に地方財政が今、全国のどこであっても似たり寄ったりのひっ迫した状態であることも広く知られるようになった。それに苦慮する地方行政の姿もまた、報道等によりすでに周知の事実である。
元来、地方行政の資金は地方税と国からの地方交付金が中心であり、これに自らが発行する地方債等によって運用されている。
しかし、地方債や資金運用によって得られる行政収入とは、同時に大きなリスクを伴うのは言うまでもない。
つまり、地方債の発行は行政事業に対する資金公募という形の借金なのであるから、当然その返済義務が生じる。
この事業の失敗や低迷は当然のこととして、赤字返済の必要を生じ、その返済には一般会計からの補填しか道はない。 こうした低迷する事業の無理な継続も、当然のこととして補填額を継続的に大きくしてしまうのだ。
現在多くの地方行政が抱える財政危機はこうした行政事業の失敗に端を発する場合が多いのも現実である。
もう一つに、通常業務内の無駄が指摘されている。
ある時代に必要あって生まれた業務部署も、時代の変化などでそのニーズを減少あるいは消滅するのは当然の流れではあるが、お役所体質というものがその対応を鈍らせるという現実がある。
一旦出来てしまったある担当課などにはそれ相応の人材投入がされるのであるが、当然それは役人仲間でもある。
その業務の必要性が減少しても仲間のリストラや異動を実行出来ないという事情がそれを遅らせてしまうのである。その結果こうした不要、又は縮小するべき部署がありとあらゆる業務部に散在してしまっているのも現実であろう。
行政あるいは役所という庶民の司令塔であるべき存在でありながら、現実にはたとえば各業務部ごとの関係は閉鎖的である。世にいう縦割り行政である。
このことも互いの業務上の無駄を指摘し合う能力を低下させ、部から部への業務移譲や人事異動などを困難なものにしてきたのであり、時には一つの業務を複数の部署で重複して行っていながら、それを整理、統合する能力さえ失っている。
ここでも人事の適材適所、適数などにおける無駄が長年放置されることとなり無駄な業務を継続して財政を圧迫しているのである。
こうした事柄を放置したままでは、行政の財政がひっ迫した状態に追い込まれるのは当然と言える。
行政が打つ対策
さて、そこでこの状況を改善したいと動き出すのであるが、そこに至ってもまだ行政自身の無駄を根本から見直す姿勢が見られない場合が実に多い。
取りあえず残業を減らしたり、批判の多い部署を廃止したりするが、職員のリストラには着手出来ないのである。
それでは経費削減の目標の達成にはほど遠く、そこで行政が打つ手は「財政難」を逆手にとった「仕方がない」という言い訳のもとに弱者対策事業の予算削減に進まざるを得ないということになる。
現に大阪市においても財政難となった原因の二番目には「生活保護費などの扶助費の増加」を挙げている。
増加したものは下げれば良い、という発想に市民は不在である。それどころかこうした経費の増加は不況や市民の勤労意欲の低下がもたらした結果であり、行政の失態ではないと言いた気である。
原因の四番目にやっと「第3セクターの破綻」が挙げられているが、大阪市には市が直接運営する事業体は存在しないのだろうか?あってもそこに資産の焦げ付きはないということだろうか?
市民ではない私には解らないが、少なくとも「第3セクターの破綻」と言えば何やらここでも、あたかも市は関わりのないことのようであり、一方では市は被害者であると言っている印象さえ受けるのは私だけなのだろうか。
しかし、現実にはその殆どは市が音頭をとって私企業を誘致して成立した事業の筈である。したがってそこには少なからざる市民の税金が投入されている。
また、第3セクターの経営にも幾ばくかの口を出す権限を市は有していたのである。そうであるならば、行政外の第3セクターが勝手に破綻したのではなく行政の方針が破綻に至った原因の一つであったと考えるべきではないだろうか。
そして、大阪市自らが財政危機を招いた原因として挙げた中には「行政による無駄遣い」という反省の言葉は出ない。 ここに、この財政危機に捨て身で対処しようとする大阪市政の姿は見えて来ないのだ。
そんな行政が繰り返す手法は、一つであろう。つまり、机上の計算だけで決めてしまう市民無視の施策である。
市役所の机には市民はいない。
統廃合による予算削減
ここに述べたことがすべて大阪市で発生している事案とは言えない。
しかし、少なからず大阪市においても市政方針の過ちと、行政システムの自身の身を削る真の改革が遅れたことに起因していることは明らかである。
であるならば、市政方針の抜本的改革と行政システムの大変革に大ナタを振るってこその財政立て直しではないだろうか。
しかし、今日大阪市が市民に提示した「削減の取組」素案とはあまりにも市民感覚からはずれた、机上のプランと言わざるを得ない。
無駄な行政業務や事業には蓋をしたまま、行政にとってお荷物となっている市民施設数を半分にすればその経費も半分で済む、という発想しか見えない。
これぞ「机上」の解決策であり、市民生活や市民感情は全く配慮されているものではない。
「阿倍野青年センター」と東淀川区にある「青少年文化創造ステーション」の統廃合案は、まさにその悪例そのものである。
距離的に考えてもこの二所の統合などあり得ない。市民施設の廃止による予算削減しか念頭に置かない市政方針は明らかだ。
つまり「統廃合」と言う言葉で、いかにも大阪市の予算削減の旗手であるかに見せかけた、この場合でいえば阿倍野青年センターという市民文化活動の拠点の廃止なのである。
そこには阿倍野青年センターで育まれた、市民文化活動もスポーツ振興も一切無視されているのだ。
素案作成前に一体どれだけの使用実態調査が実施されたのであろう。
もし、その調査が成されたというのであれば、素案提示と同時にその調査結果は市民に開示されるべきである。
部外者の私でさえ、そこが地域に根ざした市民文化の発信拠点の役割を担い続けて来た、大阪市が誇るべき市民施設であることを知っているのに・・・。
全国に誇るべき庶民文化
とは言え、私は阿倍野青年センターの利用効率の実態を全て掌握出来る立場にはない。
私が知るのは「田辺寄席」である。
なんだ、それ一件か!と軽視されては心外である。
庶民が庶民の力だけで三〇年を有に越える落語寄席が継続されて来た。
その田辺寄席のホームグラウンドこそ大阪市が廃止を提案した阿倍野青年センターなのである。
上方落語は日本の伝統芸能だ。その発祥からすでにそれは庶民文化そのものとして関西で生まれ育まれて来た。
その貴重な文化を庶民の手で守り育てて来た田辺寄席の歴史は、東西落語界においても希代希な存在となっているものであり、ここに集まる聴衆も全国各地から来場している現実がある。
この田辺寄席を継続させて来たのは一部の大金持ちではない。
むしろ、ギリギリの生活にあえぐ普通の庶民たちであり大阪市民である。
その活動母体「田辺寄席世話人会」の方々がこの田辺地区の住民であるからこそ、阿倍野青年センターを有効利用し、今日まで継続し得たのだ。
この地域密着型文化を育ててきたのが、阿倍野青年センターであり、そこで育った大阪庶民文化は今や全国に誇るべき大阪市の文化なのである。
「田辺寄席」の社会活動
田辺寄席の三〇余年におよぶ文化活動は、それ一つとっても充分評価できるものであるが、この落語寄席が生みだした社会貢献活動の素晴らしさは、これもまたたぐい希なものと言えるであろう。
田辺地区住民を中心とした世話人会のメンバーは常に地域住民の目線で活動を続けて来た。
そのことは落語寄席という演芸活動に留まるものではなかったのだ。
なぜなら、彼等の弁を借りれば「我々は縁の下の力なしですわ。わし等だけでは落語寄席一つも継続は無理です。常にいろんな地域の人たちが手を貸してくれはるからこそ出来た話ですわ。」
こうして築かれてきた地域住民との活動の輪は、やがて数々の地域問題への取り組みを生んだのである。
その活動の全てをここに記すことは困難であるが、一部の例を挙げるならばまず阪神大震災での未だに続くボランティア活動である。
あの阪神大震災にあまた駆けつけたボランティアの中で、その活動形態を変更せず今日も月一度以上の訪問活動を継続するボランティア団体は、田辺寄席を母体とする田辺救援活動グループ以外に皆無である。
また、ほぼ消滅しかけていた田辺大根の復活、普及活動も今では地元八百屋さんの店頭に並ぶ地元農産物へと息を吹き返した。
道路計画の犠牲となりかけた大楠の大木保存運動に奔走し、行政の理解を取り付けて大楠を守ったこともある。
大阪・田辺地区に落とされた原爆模擬爆弾の真実を掘り起こし、平和への願いを込めた碑を爆弾投下地点に建て、その被爆者リストや地図まで作成してその資料を残してきたのだ。
他にも、この地域を流れる川が万葉集に歌われる貴重な文化遺産であるとした歴史研究の実践。地域産業の紹介等々、枚挙に暇はない。
こうした庶民による社会活動の理想の姿を実践してきた田辺寄席の活動の全体像は、全国に誇るべき市民活動のサンプルであると同時に「大阪の自慢」と言えるのではないのか。
これらの活動の中心に田辺寄席がありその総本山となって長く利用され続けているのが、阿倍野青年センターなのである。
言い換えるなら、阿倍野青年センターがそこにあったからこそ、この庶民活動は存続し得たのである。
それでも統廃合ですか?怒!
老齢化が進む中にあって、田辺寄席の様々な活動は徒歩や自転車で活動できるということは、ある意味では地域活動の拠点として絶対条件でもある。
田辺寄席の諸活動には中・高生を含む多くの若者が参加してきた点も特筆に値する事実である。
そこには世代を超えたふれあいが生まれ、都会で育つ青年達にありがちな老人社会との溝を埋める役割も担ってきたといえる。
これらの全ては阿倍野青年センターが地域文化・スポーツ及び地域のコミュニティセンターとして大きな実績を残して来たものと言えるだろう。
大阪市はこの「経費削減の取組」(素案)の中で「未来を志向し『元気な大阪』の実現に向けた基礎づくりを進めてゆく」と述べているが、このような熱い庶民運動の拠点を廃止するのであれば、大阪市の言葉と、市民文化施設の統廃合は、まるで逆行すると指摘せざるを得ないのである。
『元気な大阪』は市民によってこそ実現可能となる筈である。
その市民の活動拠点を奪う政策から一体どんな『元気』が生み出せると言うのか?
単なる机上の数合わせではない、市民生活や活動の実態を知った改革こそ望まれているのである。
素案の市民文化施設の統廃合に、市民ではない私であるが、ここに断固反対の意思を表明するものである。
阿倍野区 橋本鏡子
田辺寄席は地域寄席です。34年もの長きにわたり、地域の方々が中心となって世話人となり、お客さんと共にこれまでこの地で運営されてきました。また、寄席だけでなく、毎月配られる「寄合酒」やイベント等を通して、地場野菜の田辺大根の発掘・普及活動、模擬原爆を語り継ぐ活動(いずれも新聞、テレビ等にも数多く採りあげられると共に、地元の小中学校への普及活動へとつながっています。)や、近年では、最寄駅の昭和町駅近くにある、国登録有形文化財である寺西家での寄席開催にもつながり、これらの運営は、田辺寄席と、昭和町の活性化運動を牽引している近隣の若い世代の商店主さんたちが協力しあってされています。このように、単に寄席を開くだけでなく、地域の幅広い世代の人々と深く結びつきをもち、これらの活動の拠点として田辺寄席は大いに機能していると思います。
それらの活動を可能にしているのには、地域の絶好の場所にある阿倍野青年センターの存在が非常に大きいと思います。この辺りは文教地区であり、また古くからの住宅地である地域故に、老若男女が混在し、そんな皆さんが気軽に集える場所であり(田辺寄席には親子連れのお客さんが多いのも、大人のものだけではないというその親しみやすさがあるからだと思います。)また、最寄駅が地下鉄3駅、JR1駅と交通の便が良いため、地域外からも足を運びやすく、立地としては申し分ないと思われます。低価格で利用できるという公共施設が大阪市内に少ない中、この地にこのような施設は貴重であり、低価格故に非常に良心的な料金で私たちも来ることができます。これらの来やすさが、田辺寄席が月1回から3回になってもお客さんの数が各回で減ることなく、中入りのお茶タイムでのお客さん同士の交流も楽しいひとときになっているのだと思います。
私自身、田辺寄席とは阿倍野区に越してからの、まだ数年のおつきあいではありますが、それでも毎月欠かさず行われる田辺寄席は何よりの楽しみですし、このお客さんも一体となって作っているという地域寄席に非常に愛着があります。
お客さんはもちろん、今や大御所と呼ばれる方から年季明けの若手さんまで上方の噺家さんに広く愛され、自分とほぼ同い年の30余年もの歴史のある寄席が地元にあってこんなに嬉しいことはありません。そんな誇りあるものが地元からなくなってしまうようなことがあれば、なんと悲しいことかと思います。歴史ある市民の活動にしっかりと目を向けてもらって、うわべから見ただけの安易な施策は考え直してほしいと強く願います。
兵庫県 井上智夫
今回、大阪市の経費削減の取り組み(素案)のなかで阿倍野青年センターが統合により閉鎖になるかも知れない、と聞き驚きを隠せずにはいられません。
私は現在阿倍野青年センターで毎月3回開催されている「田辺寄席」の観客としてはじめてセンターに訪れました。
その時の第一印象は、なんと活気のある施設なんだろう、という事です。
落語会開催当日にも合唱や空手、ダンス等の活動が行われていて、地域の幅広い年代の方々に利用されているんだな、との思いは現在も変わりません。
そして、桃ヶ池公園のほとり、というこれ以上ない、と断言してもいいロケーションが、この阿倍野青年センターのさらなる魅力になっています。
寄席の仲入り(休憩時間)にセンターの中庭でお茶を飲んだりお菓子を食べながら、桃ヶ池を眺めていると、四季折々の変化に富む姿に、都会に住んでいると忘れがちな季節感というものを毎月実感できる、大切な場所でもあります。
次に、阿倍野青年センターと田辺寄席そして田辺寄席世話人会の係わりについて私が思うところを述べさせて頂きます。
田辺寄席は、34年以上の長きに渡る活動のほとんどを、この阿倍野青年センターにて開催しております。
上方の噺家200名以上のうち、95%以上が出演したという、他にはない落語会です。
また時には東京や名古屋の芸人や噺家を招き、落語をはじめ、講談、浪曲、津軽三味線、粋曲と一地域寄席という枠には収まらない多彩なプログラムを誇っています。
また参加者も、京阪神はもとより、私が知る限りでも香川、和歌山、愛知、神奈川、東京と全国から、しかもリピーターが多く、何度か顔を合わせるうちにいろんな地方の方との交流の場ともなっています。
参加者の年代は小学校低学年〜80代までと幅広く、家族ぐるみで楽しんでらっしゃる方も多くお見かけします。
これは高校生以下500円、大人900円からという料金の安さも大きな要因だと思われ、この価格設定は公共施設を使用できる現在の状況だからこそ、と断言できます。
その田辺寄席を主催している田辺寄席世話人会は落語会の開催とともに、大阪の伝統野菜である田辺大根の普及活動や田辺の模擬原爆を語り継ぐ会においても中心となって活動しており、その活動拠点として阿倍野青年センターは、決してなくす事はできない施設です。
現在、大阪市が直面している財政問題においてまず経費の削減が早急の取組みとされる事には異議はございません。
ただ、経費削減=ムダをなくすという点において、その内容が充分に考慮されたものであるのか、本当に現場の意見やニーズを見極めた末の結論なのか、という疑問が大いに残ります。
閉鎖→統合と、いちばん簡単で、いちばん血の通っていない施策をとる前に、もっと工夫を凝らす事はできないものなのでしょうか?
商都大阪のお役人の皆様の血の通ったやりくり算段に期待しております。
阿倍野区 岸本
阿倍野青年センター。 田辺寄席に関わるまで、この施設がこんなに市民、文化、地域に必要不可欠な存在だとは気付くことは無かったです。
僕は、ただ阿倍野区にある昭和町の活性化、古い町並み保存、文化等の角度から、大阪を元気になればと四月二十九日の昭和の日に【どっぷり昭和町。(昭和の日に昭和町で昭和建築の文化財で昭和を味わうお祭)】を企画し、トキメク瞬間や必要な無駄が、生活の中でどれだけ重要な潤滑油になるかということを多くの市民に伝えることが出来ればと今まで開催してきました。
この活動が後に『田辺寄席』を知り、深く関わるきっかけになり、自分自身の環境と、意識の変化を感じることになりました。 それは田辺寄席の存在、歴史、地域と文化への貢献度、なにより多数の参加者、その方々にとっての必要な娯楽、ライフスタイルになっているということ。これは全国どこも類を見ることのない大阪の自慢できる落語会です。この寄席に携われてから僕は一層深く、大阪の元気をもっともっとと、貪欲になりつつあります。世話人会さんのエネルギー、これも大阪がこれから必要とする大切な事の一つといえるでしょう。
そんな落語会の聖地「阿倍野青年センター」が閉鎖となればえらいこっちゃ。違うところで開催すればいいなんて簡単な問題でもないようでして、桃ヶ池というロケーション等、この場所で催すことに意義があります。勝手な意見かもしれませんが、本当のところ、この催しは大阪市が開催するべきくらい素晴しい寄席といえるでしょう。ただの寄席、地域寄席という枠だけではなく、歴史、文化、地域振興などに多大な影響を与えてきている意味のあることなのですから。市が運営するにはまた予算等の問題が生まれてくるでしょうから、この有意義な市民活動に市が全面バックアップするなどの関わりが必要ではないでしょうか。
市民にとっての有意義な施設、他府県からもたくさん人が集まるこの阿倍野青年センターはもったいないもったいないな。
地域文化の砦・『阿倍野青年センター』
兵庫県豊岡市 上田伴子
私が田辺寄席へ行かせていただくのは、遠方でもあり、勤めの事もあって年に1〜2回です。しかし毎月送られてくる「寄合酒」を見て大阪へ思いを馳せています。
今回、送られてきた「寄合酒」を見て「阿倍野青年センター」が行革のターゲットの一つとなり、廃止・統合されようとしている事を知り、本当にびっくりしました。行政は地域の文化を守る事が大切な仕事のはずなのに何ということだろうと思いました。
私は「田辺寄席」へ行く時、阪和線「南田辺」の駅で降り、緑豊かな公園の中に建つ青年センターを目指して歩きます。ビルの立ち並ぶ中ではなくて、センターの中庭には池があり、蓮の花が咲いたり、池のそばの木々には四季折々の花が咲いたり、小鳥がさえずったり、情緒豊かな所です。こんな所ですばらしい寄席に触れることが出来るのですから、心が豊かになります。毎回、遠くても来て良かったと思えるのです。
文化を支えるのにはお金が要ります。目に見える、形になるものではありませんが、人々の心を豊かにしてこそ、地域が栄え、人と人とが繋がりが広がって潤いのある社会になっていくのだと思います。このような地域に根ざしたセンターを廃止したり統合したりすることは絶対にやめて欲しいと思います。そして、ますます充実させてこそ、大阪市が文化を大切にする街として全国に誇れるようになるのではないでしょうか?
たかが「田辺寄席」、されど「田辺寄席」、
たかが「あべ青」、されど「あべ青」〜「拠点(センター)機能」が育む人・地域・文化〜
西区 加藤
私は1975(昭和50年)年頃から折に触れ、「田辺寄席」の世話人の皆さんがどれほど一生懸命に、無私無欲で献身的に頑張ってこられたかを見てきました。
阿倍野青年センター(あべ青)での2回目をやろうとしたときに起った「会場使用拒否事件」も「寄合酒458号」にある当時の新聞コピーなどのとおりだと思いますが、拒否を撤回させるために連日頑張られた世話人(「サークルたなべ」)と芸人さん(若手芸人のグループ「寄席あつめ」)たちのほとんどは、まだ20代の青年でした。
あれから33年間、ただただ「落語が好きだから、落語を楽しみたいから、それができる場を自分たちでつくろう。芸人さんとお客さんと世話人が一緒に支えあい、地域のみんなが一緒に笑えるように」と、それだけを考えてやり続けてこられたと思います。それがいつの間にか、震災ボランティア、田辺大根、田辺の模擬原子爆弾ほか実にいろんな活動にもかかわられ、「田辺寄席」につながる市民の輪がどんどん、驚くほどに広がっていきました。考えてみると、それも実は当然の成り行きなのだろうと思います。
世話人さんたちはきっと「寄席を続けるために当然しなければならないと思ったことをやってきただけだ」と言われるでしょう。でもその結果は、実に多くの様々な人たちを結び合わせ、歴史や文化を掘り起こし、後継者を育て、すばらしい地域づくりのための「拠点」となって、たとえば「昭和の日」や「田邊HOPEゾーン」を支え、また「寄合酒」を読むだけでも、この確かなネットワークにつながっていることの幸せを感じさせ、日々を生きる勇気を与え続けてくれています。
今や「田辺寄席」が文化や地域や人を育て勇気づける「拠点」となっていることは、「田辺寄席」を知る人なら誰も決して否定できないことではないでしょうか。
何故そうなったのか。そこには少なくとも次の不可欠の三要素があると思います。
一つ目は「拠点となる事業」…寄席にとって、多くの人との心を開いた交流とつながりを広げていくことはまことに自然で、また必要なことだと思います。馬鹿正直なまでに寄席を愛し寄席に徹して行動してきたからこそ、寄席が本来持っている「拠点性」(多くの人をつないでいく中心の出来事になりうること)を明らかにしてきたのではないかと思います。(私は、音楽でも演劇でも文化芸術とは本来そういうものだと思います)。
二つ目は「拠点となる人たち」…寄席を無条件に実行し支え続ける世話人さん、芸人さんがいて、雨が降ろうと槍が降ろうとやり続け、その中で多くのお客さんや地域の方々を仲間に巻き込んでいったということ。
三つ目は「拠点となる場所」…「人」が「事業」を一貫して行うのに最も相応しい「場所(あべ青)」があったこと。ちょうど良い所にあって適当な規模・設備で、比較的に安く使え、多くの多様な人が気軽に集い様々な活動や交流が行われる施設。ここを拠点として使い続けるということが無ければ今のような発展は見られなかったと思います。
「田辺寄席」はこの三要素が一体となったからこそ、そしてその上で市民自らが30数年間に及ぶ努力を積み重ねてきたからこそ、他の多くの市民活動にも大きな影響を及ぼすまでに育ってきたわけです。
中でも、「場所(施設)」は市民の力だけで同じようなものを新たに確保することはほとんど不可能です。もしそれが無くなると「田辺寄席」と「田辺寄席」につながる広範な人たち、地域、文化は、一体どうすればいいのでしょうか?
大阪市が創造的な町づくり、人づくり、文化づくりを推進するためには、こういう「事業」及び「人」と三位一体となり、市民が営々と活動し続けることができる「場所(施設)」を保障することが何より大切だと思います。そういう拠点があまりにも少ない大阪市だと思いますが、あべ青は「田辺寄席」があることにより、市民の地域文化活動の拠点施設の典型として、まさに全国に誇れるものではないでしょうか。
(あべ青)は市財政の中では実に微々たる経費しか使っていないにもかかわらず、真に大きな役割を果たしているわけです。また、シャープの早川さんから寄贈された建物ですが、まもなく壊れるほど華奢な造りではないのではありませんか?
「ここには地域住民自身が長年にわたって営々と育ててきた寄席や多くの地域活動や文化活動があり、それらが有機的につながって生き生きとしたまちづくりを担い始めています。それは他地域や他都市の市民にとっても良いモデルとなっています。(あべ青)はそれらにとって不可欠の『拠点施設』であり、その中でこそ、即ち自ら手を携えてより良い地域社会や文化を築こうとする大人たちの間でこそ、地域の青少年たちは次代の担い手として健全に育つのではないでしょうか」。
これが、現在(あべ青)が現実に担っており、さらに充実させていくべき「市民にとっての施設機能」だと思います。
大阪市では(あべ青)の機能をココプラザに持って行きたいとのことですが、この「機能」を遠い地域(新大阪)の、寄席もできないような施設に持っていくことが果たしてできるのでしょうか?
それとも「大阪市にとっての機能」は別にあるのでしょうか? あるとすれば「それは何で、市民にとっての施設機能とどう違うのか?」、違うとすれば「どちらが大事で、それは何故なのか?」など、大阪市は田辺寄席が拠点施設を失うことによってマイナスの影響を受ける広範な人たちに対し、納得のいく十分な説明をする必要があると思います。
08年、田辺寄席「神無月席」
参加者の声より
「阿倍野青年センター存続問題」を抜粋
東住吉区 中田
(前略)
阿倍野青年センターの今後が心配です。地元に密着した田辺寄席なのですから、いつまでも続けていける解決方法が出て来るよう、心から願っています。
柏原市 下村
(前略)
経費削減の取り組み(素案)では、阿倍野青年センターが廃止になっていますが、大阪の文化を30年以上も市民の力で守ってきた田辺寄席の功績を少しも考えていない暴挙です。私は知事にしろ、市長にしろ、金銭面でしか物事を考えられない輩を軽蔑します。
浪速区 高嶋
(前略)
こんな充実した田辺寄席が、又も危機だとか。「寄合酒」10月号を見てびっくりしました。この場所だけで33年。全国に地域寄席のヨサと、笑いを発信し続けてきた寄席を大阪市の都合でやめさせてどないすんねん。イヤという程、全国に恥ずかしい程、無駄遣いを続けてきて、勝手にニッチもサッチもいかん行政にしといて、最も大阪らしく全国に誇れるものを無くすなんて、ほんとにどうかしてるで、平松はん。一度、田辺寄席に来て、一緒に笑いなはれ、ホンマにエエもんやで!!
住吉区 田宮
(前略)
こんなに楽しくも面白くほっこりとさせてくれる田辺寄席に、又もや「会場問題」が勃発とか。最も大阪らしく、大阪の数少ないヨサを皆に提供し続けている、それも市民の力だけで・・・。これからも田辺寄席さんはそういう立場でやって行きはるんやと思いますが、今まで通り大阪市は援助したり補助したりせんでもエエからジャマや妨害だけはしなさんな。
八尾市 二宮
(前略)
雀々さんのパワーに圧倒されそうでした。会場がゆれるような笑いでした。この雀々さんをはじめ、宗助さん、まん我さん、みんな繁昌亭昼席には出ないだけに、こういう番組も自在に出来る田辺寄席は貴重です。その田辺寄席が会場問題に突き当たってるとか、こんなに市民の力だけで営々と継続してきたものを何とか継続してほしいと思います。
香川県 前山
(前略)
高松からフェリーで、神戸から(阪神→谷町線)、「田辺」まで来るまで、いつもワクワクしながらやって来ています。
兵庫県 絹川
(前略)
神戸から参りました。2回目です。ホームページで田辺寄席を知りました。こんなに素晴らしい寄席があったなんてもっと早く知っていれば・・・。これから、十分に楽しませていただきます。
阿倍野区 W
(前略)
以前(五百円時代)はよく来ていましたが、しばらく振りに昼間、前を通るとにぎやかな出演者の寄席文字。「ぽんぽ娘」という名前に「どんな人やろか?」と見に来ました。ごぶさたをしている間に会場の使用問題などなにやら暗雲がやって来そうですが、皆の笑いで吹き飛ばしたいものです。また、久し振りに見た三金さん、以前より芸も体も大きくなられましたね(笑)
堺市 宮本
(前略)
'10年以降の田辺寄席の存続の件びっくりしました。大好きな田辺寄席はやっぱりこの場所で使わせてもらうのが一番です。今まで以上に応援させて頂きます。
堺市 佐野
(前略)
阿倍野青年センターが使われなくなる事を知り、毎月こちらに来れば楽しい落語の時間にひたれると思っていましたのに・・・先行きが心配です。良いほうに進めばいいですね!
中央区 中野
(前略)
田辺寄席の会場の問題、大阪市さんいい加減にしときやと思います。市民の力で三十四年も続いているものを、あんたらが邪魔してどうしますねん。「寄合酒」を見たら三十三年前にも使用拒否したとか、寄席やから言うて、ホンマに全国から笑われまっせ。しょうもない事しなはんな!
兵庫県 井上
(前略)
〈どうでもよくない話〉「寄合酒」を見てびっくりしたんですが、この青年センターがこのままでは閉鎖されるとか。田辺寄席を開催している日も、コーラス、空手等いろんな会があるというのに・・・
城東区 金田
(前略)
田辺寄席が会場問題で大変になっているとか、こんないい寄席どんな事があってもやめたらあきまへんで、大阪市も一体なにをするねん。平松はん、大事な事を見誤まったらあきまへんで!!
奈良県 T
(前略)
田辺寄席の雰囲気が非常に良くて気に入っています。なるべく月に一度は、足を運ぶようにしています。これからも田辺寄席の継続を宜しくお願いします。
京都府 高石
(前略)
久しぶりに田辺寄席に来ました。「寄合酒」10月号を見て、田辺寄席のヨサを再確認の為です。この場所(桃ヶ池の畔)にある事も本当に大事だと思いました。大阪市内のド真ん中に、こんなにのんびりした所があるなんて、貴重だと思います。その環境の中で思い切り笑いあえるなんて最高です。この寄席は、地元の人(阿倍野区、東住吉区そして大阪市)だけのものでは決してないと思います。「参加者の声」を見ていても、いかに全国から来られているかがよく分かります。こんないい寄席を市民の力で粘り強く継続しているのに、行政が妨害してどうするんですか(それも二度に亘って)。大阪市は何とか今後も続けていける方策を考えて下さい。それこそ行政の努力だと思います。全国から多くの人が大阪市を見ていますよ。
港区 東
(前略)
この会は絶対に存続させねばならない。平松市長に招待状でも送ってみよう!
阿倍野区 山口
(前略)
昨年5月「田辺寄席in天満天神繁昌亭」の開演前、NHKと関テレの田辺寄席のニュースを見せてもらいました。あの時初めて、田辺寄席の歴史と役割を感じました。
NHKは天王寺高校定時制の廃校の生徒さん達を励ます「出前田辺寄席」でした。今年も神戸での出前田辺寄席を御影公会堂で舞台も持っていって開催するとか。月3回公演(in寺西家も入れて4公演)だけでも大変なのに、その意気込みはすごいと思います(それも1回や2回でなく震災以降ずっと行い、今年で11回目とか)。
関テレのニュースは田辺寄席の30年位前のなつかしい映像も含めてのものでした。こんなに長きに亘って、舞台もない青年センターの体育室に立派な舞台を毎回作っては、元に戻すという気の遠くなるような作業をくり返しての継続には、キャスターの山本さんも「これは大阪の誇りですね」とまで語っておられました。キャスターに「大阪の誇り」とまで言わしめる田辺寄席の継続を困難にさせるとは、「これは大阪の恥さらしだ」と多くの人から言われる事でしょう。みんなの力で、田辺寄席が来年の500回と言わず、800回、1000回と続くようにしてほしいものです。
生野区 北中
(前略)
田辺寄席が大変になっているとか、みんなの力でこれからも続いて行けるように願っています。毎月、本当に楽しみにしているんですよ。平松市長も田辺寄席で一緒に客席に座って聞いたら、そんな事を言わなくなると思いますよ。